ExoMars Trace Gas Orbiter (TGO)
出典: explorationscience.esa.int

アルバ山付近で局所的な塩化水素を検出

火星のアルバ山付近で、微量の塩化水素(HCl)が検出されました。観測したのは、火星を周回する欧州宇宙機関(ESA)の探査機「ExoMars Trace Gas Orbiter(TGO)」です。研究チームは、検出されたガスが火星内部で現在進行中の火成活動に由来する可能性を示しています。

検出は、火星の北半球が初夏を迎える寒冷な「遠日点」の季節に集中しました。遠日点は火星が太陽から最も遠くなる位置です。2020年の観測で知られていたHClは、主に火星が暖かく、ちりや水蒸気が多い時期に大気中へ広く分布していました。

研究チームは、火星年37にアルバ山の北東を中心に6回のHCl検出を報告しました。緯度55〜66度で4回、43〜48度で2回です。火星年35に得られた2回の検出を合わせると、2つの火星年で計8回となり、いずれも西経96〜117度の狭い範囲に位置していました。

TGOが太陽光のスペクトルから微量ガスを調べる

検出に使われた大気化学観測装置(ACS)は、TGOに搭載された3つの分光器からなる機器です。可視光より波長の長い赤外線を含む太陽光のスペクトルを測定し、水やメタンなどの大気成分を調べます。

ACSの太陽掩蔽観測では、太陽と探査機の間に火星大気が入る日の出・日没時に太陽光を観測します。光が大気を通る際のスペクトルを分析し、HClなどの微量成分を探します。ACSはほかに、地表で反射した光を真下から見る観測や、火星の地平線方向を見る観測も行えます。

今回の研究では、ACSによる太陽掩蔽観測のうち、遠日点にあたる時期のデータを調べました。HClの大気中濃度は10億分の1程度でした。火星全体の大気を継続的に監視する中で、観測チームは局所的で一時的とみられる信号を見つけました。

季節と地形が示すガスの由来

暖かい南半球の春から夏に観測されるHClは、ちりや氷の粒子を含むエアロゾルと大気中の物質との反応で生じる可能性が研究されてきました。一方、今回の信号は、ちりや水蒸気が少ない北半球の初夏に、アルバ山周辺へ局在していました。研究チームは、季節と分布の違いを、火山活動に由来する可能性を検討する根拠としています。

検出地点の周辺には、幅1メートル未満の新しい亀裂が見つかっています。研究チームは、これらを地下のマグマだまりからHClが大気へ抜ける経路の候補と解釈しました。亀裂の一部は数十キロにわたって群れをなし、暗い色の縁を伴う場合もあります。

HClはマグマに溶けやすく、噴火が終わった後も放出されることがあります。研究チームは、深部火山活動のほか、マグマと関わる泥火山や、地表の塩素化合物の分解も候補に挙げたうえで、局所的な火成活動が観測を最もよく説明すると結論づけました。

火星内部の活動と生命探査への接点

火星には過去の大規模な火山活動の痕跡があり、アルバ山を含むタルシス地域では、数千万年前の溶岩流なども報告されています。火星探査機インサイトが検出した火震や、火星内部の熱状態に関するモデルも、比較的新しい、あるいは現在まで続く火成活動の可能性と結びつけて研究されています。

今回のHCl検出は火星内部の活動を直接観測したものではなく、ガスの発生源について研究チームが示した解釈です。研究チームは、HClが火星内部から亀裂を通って大気へ出たという説明が観測結果に合うとしています。

研究チームの共同筆頭著者である惑星科学者ダニエル・メジェ氏は、アルバ山地域の亀裂を生命探査の候補地として挙げています。地下の熱水系が活動していれば、微生物の発達に必要な成分やエネルギーがあり、地表の厳しい環境から微生物を守る可能性があるという見方です。これは研究チームが示した探査上の可能性であり、火星で生命が見つかったことを示すものではありません。