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出典: metmuseum.org

紀元前14世紀、エジプトのファラオと周辺の王や地方支配者は、粘土板の書簡で外交交渉を交わしていました。アマルナ書簡には、贈り物の要求や軍事支援の要請、侮辱への抗議が記され、当時の国際関係を伝えています。書簡の多くはエジプトの象形文字ではなく楔形文字で書かれ、主にアッカド語が使われました。

王たちを結んだ書簡

アマルナ書簡は、エジプト中部のアマルナで見つかった粘土板に記された外交文書です。紀元前14世紀のエジプトと周辺の支配者たちが交わした通信を含み、王たちの交渉や地域の政治状況を知る手掛かりになります。

書簡では、相手から受けた扱いへの不満を述べたり、軍事支援を求めたり、金を送るよう要求したりしています。やり取りには、王同士の連絡だけでなく、地域の統治をめぐる要請も含まれていました。

アッシリア王アッシュル・ウバリトからエジプト王への書簡では、使者を送り、贈り物を申し出ています。相手はおそらくアクエンアテンで、贈り物は大国との連絡を始めるためのものでした。この書簡から、使者と贈答が外交の手段だったことが分かります。

楔形文字とアッカド語

書簡には、古代メソポタミアと結びつきの深い楔形文字が使われています。エジプトのファラオと周辺の支配者の通信にも用いられ、アマルナ書簡の多くは象形文字では書かれていませんでした。

アッカド語は当時の地域で広く用いられた共通語で、書簡の主要な言語でした。文書には、公用語のアッカド語と現地のカナン語が混ざった言語で書かれたものもあります。

メトロポリタン美術館所蔵のアッシュル・ウバリトの書簡は、アッカド語のアッシリア方言で書かれています。粘土板に葦の筆記具で楔形文字を刻んでおり、書簡ごとに言語や書き方が異なりました。

大国の王と地方支配者

青銅器時代後期には、エジプト、バビロニア、アッシリア、ミタンニ、ヒッタイトなどの王国が地域の勢力を分け合っていました。Trevor Bryceの著書によると、これらの王国の支配者は定期的に連絡を取り、争点を武力だけでなく外交でも解決する関係を築いていました。

大国の王たちは互いを「兄弟」と呼び、外交上の同格性を示しました。一方、広い地域を治めるには陸路や海路で移動する必要があり、使者や軍隊の往来には距離や地形、季節、海上の危険が伴いました。

エジプトの支配下にある地方の首長たちは、独立した大国の王とは異なる立場からファラオに書簡を送りました。周辺勢力の攻撃にさらされた首長が黄金や補給物資を求める例もあり、地域の統治と支援をめぐる緊張が表れています。

贈答と交渉の実例

アマルナ書簡に見られる贈り物や軍事支援の要請は、王たちが関係を保ち、利害を調整する交渉の一部でした。贈答は品物の交換にとどまらず、アッシリア王の書簡のように、相手との連絡を始める場面にも登場します。

大国の王同士の関係では、同盟や贈答に加え、王族の婚姻も外交上のテーマでした。Bryceの著書は、王たちの協力が交易や他地域の物資へのアクセスにも利点をもたらしたと述べています。

書簡には、相手への抗議や軍事支援の要請、金の要求も記されており、外交は礼儀や友好だけで進んだわけではありません。王や地方首長は、それぞれの立場から交渉していました。