
2026年のノーベル化学賞は、分子の鏡像異性体を選んで作る反応の研究に対し、アンリ・カガン氏とソアイ・ケンソウ氏に授与されました。鏡像異性体は同じ分子式でも性質が異なる場合があり、両氏の研究は医薬品の開発にも使われてきました。

鏡像異性体で変わる分子の性質
鏡像異性体は、右手と左手のように、形は似ていても重ね合わせられない分子です。同じ化合物でも、どちらの鏡像異性体かによって、他の化学物質との反応や性質が異なります。

たとえば、カルボンという化合物の一方の鏡像異性体はミントの香り、もう一方はキャラウェイの香りを持ちます。医薬品の設計でも、狙った作用を得るために、どちらの形を使うかが問題になります。

生物も一方の形を選んでいます。DNAは右巻きで、人の体を構成するタンパク質は主に左手型の構成要素からできています。
反応で狙った形を作る
カガン氏は1980年代、反応を設計して分子の一方の鏡像異性体を優先的に作る方法につながる研究を示しました。その後、ソアイ氏は、片方を効率よく生み出す化学反応を完成させました。
ソアイ反応では、生成物であるキラルなアルコールが触媒として働き、同じ形の生成を助けます。自己触媒とは、反応でできた物質が自らの生成を促す仕組みです。
2025年の機構研究では、反応中にアルコール由来の部分とアルデヒドから一時的な亜鉛錯体ができることが報告されました。この中間体が触媒反応に関わる鍵となり、鏡像異性体の選択に二重の立体制御をもたらすと説明されています。反応の進行に伴って生成物の鏡像異性体比が増幅されることも、ソアイ反応の特徴です。
混合物を分ける方法との違い
鏡像異性体を得る方法の一つは、両方が混ざった状態から目的の形を分離することです。これに対し、不斉合成は出発物質から反応を進め、目的の鏡像異性体を直接作る方法です。
ラセミ混合物を分離する従来型の方法では、理論上、目的の一方を得る収率は最大50%です。不要な側を再び利用する工程を組み込まない限り、もう一方は目的物になりません。
不斉合成では、理論上100%の収率を目指せます。また、生成後に目的物を分ける工程を省けるため、目的の鏡像異性体を直接得られます。
触媒反応にも条件がある
一方、不斉合成には目的に合った出発物質や触媒が必要です。触媒の費用や反応条件も、方法を選ぶ際の要素になります。
分離法の一つである速度論的分割では、触媒などによって混合物中の鏡像異性体の反応速度に差をつけます。反応した側と未反応の側をそれぞれ得られる場合がありますが、目的の片方だけに注目すると理論上の上限は50%です。
ソアイ反応の機構を調べた研究では、反応に使う分子の構造によって反応の進み方が変わる点も検討されました。自己触媒で鏡像異性体を増幅する仕組みの理解は、こうした反応系を調べる手掛かりになります。









