加齢や病気で筋力が落ちた筋肉では、ミトコンドリアの脂質「カルジオリピン」が減少し、速い動きに向く筋線維が持久的な活動に向く型へ移ることが分かりました。マウスでは、カルジオリピンを部分的に回復させると筋萎縮の兆候が改善し、早期死亡も防がれました。筋線維の変化は細胞を守る働きがある一方、治療への応用はまだ動物実験の段階です。
筋力低下に伴う筋線維の変化
筋肉には、素早く強い力を出す一方で疲れやすい速筋線維と、持続的な活動を支える遅筋線維があります。遅筋線維は、エネルギー産生を担うミトコンドリアを多く含みます。加齢に伴って筋力が落ち、ミトコンドリアの働きも低下する一方、遅筋線維の割合は増える傾向が確認されていました。
研究チームが着目したカルジオリピンは、ミトコンドリア内膜に多く含まれる脂質です。内膜の折りたたまれた構造を保ち、ミトコンドリアの正常な働きを支えます。マウスと人の筋肉では、加齢や病気に伴うカルジオリピンの減少と、ミトコンドリアの構造異常や機能低下が見られました。
若いマウスでカルジオリピンを実験的に減らすと、自然な加齢時に似た筋線維の変化が起きました。速筋線維が減り、遅筋線維が増えました。人の筋肉試料でも加齢に伴うカルジオリピンの減少は確認されましたが、筋萎縮の回復を調べた実験はマウスで行われました。
細胞を守るための筋線維転換
カルジオリピンが減ったミトコンドリアでは、活性酸素種(ROS)と呼ばれる反応性の高い分子が増えました。ROSは細胞の構造を傷つける一方、異常を伝える信号にもなります。研究では、この信号が速筋から遅筋への転換を始める働きを担っていました。
抗酸化物質でROSを減らすと、カルジオリピン不足の筋細胞で筋線維の転換が弱まりました。また、細胞内でミトコンドリアの再編成や筋線維の性質の変化を調整するタンパク質ERRγ(エストロゲン関連受容体γ)を阻害すると、実験室で培養した筋細胞の転換が止まりました。
カルジオリピンが不足したマウスでは、血中から取り込むブドウ糖が増えていました。標識したブドウ糖を追跡した実験では、筋肉はその糖を主にエネルギーとして使わず、抗酸化物質の合成に回していました。筋線維の変化は出力の低下を伴いますが、ROSによる損傷を抑える適応として働くことが示されました。
既存の予防・診療との違い
サルコペニアは、加齢に伴う骨格筋量の減少を含む病態です。AWGS 2019の診断手順では、地域や一般診療所で筋肉量を測定しにくい場合、握力や椅子から5回立ち上がる時間などから「サルコペニアの可能性あり」と判断できます。確定診断では筋力、身体機能、骨格筋量を評価します。
男性は握力28キログラム未満、女性は18キログラム未満が筋力低下の基準です。5回の椅子立ち上がりに12秒以上かかる場合も、身体機能低下の指標になります。設備の整った施設では、骨格筋量の測定にDXAまたはBIAを用います。診断後は原因を評価し、個別の介入につなげることが推奨されています。
国内の予防ガイドラインは、運動や栄養などの非薬物療法を扱い、サルコペニアの予防・改善に関する研究を評価対象にしています。デジタルヘルスサービスについては、強く推奨できるだけのエビデンスは得られなかったとしています。これらの予防法は生活習慣や機能評価を軸にする一方、カルジオリピンを標的とする研究はミトコンドリアの変化への介入を探っています。
薬剤への応用と研究の段階
カルジオリピンを安定化させるよう設計されたエラミプレチドは、バース症候群の治療薬として米食品医薬品局(FDA)の迅速承認を受けています。バース症候群はTAFAZZIN遺伝子の変異によりカルジオリピンが減る遺伝性疾患です。エラミプレチドはミトコンドリア内膜でカルジオリピンに結合し、ミトコンドリアの働きを支えることを狙います。
承認の根拠となった試験では、遺伝的にバース症候群と確認された患者12人が、エラミプレチド40ミリグラムまたはプラセボを1日1回、12週間投与され、その後に治療を入れ替えました。主要評価項目だった6分間歩行距離と疲労スコアは、プラセボと比べて統計的に有意な改善を示しませんでした。試験後の延長期間には10人が参加し、168週時点で筋力のベースラインからの変化の中央値は63ニュートンでした。
同薬の承認対象は体重30キログラム以上の成人・小児で、膝を伸ばす筋肉の筋力改善が承認の根拠とされています。延長試験では筋力の改善が36週時点で初めて観察され、その後は維持されませんでしたが、168週では参加者全員に有意な改善が見られたとする臨床解説もあります。承認対象はバース症候群であり、加齢による通常の筋力低下を対象としたものではありません。
今回のマウス実験では、カルジオリピンを正常値のおよそ3分の2まで戻すと筋萎縮の兆候が改善し、実験で見られた早期死亡を防ぎました。研究者はカルジオリピンの回復やERRγへの介入を今後の治療候補として挙げています。加齢に伴う筋肉への同様の介入は、まだ臨床試験で検証されていません。









