
古代エジプト第1王朝の王族女性メルネイトは、王妃や摂政にとどまらず、男性の王と同等の統治者だった可能性があります。研究チームは、行方不明の粘土製の壺栓を写した古写真をデジタル処理し、王の名を示す印「セレク」にメルネイトの名を表す文字があると報告しています。研究成果は2026年9月発行の『Prague Egyptological Studies』第36号に掲載されました。
古写真に残っていた四つのセレク
メルネイトは5,000年以上前の人物で、統一後まもないエジプト第1王朝期に生きました。彼女は第3代王ジェルの娘だった可能性があり、王家の墓地にある墓は、同時代の男性王にふさわしい規模と副葬品を備えていました。こうした遺構や記録から、彼女が少なくとも一時的な統治者、または共同統治者だったことは以前から考えられていましたが、自ら王として統治したかどうかは議論が続いていました。
議論の手がかりは、1940年代にサッカラの墓から出土した粘土製の壺栓です。栓に押された印には、王宮の形に王名を記し、その上に守護神を置くセレクが四つ並んでいました。発掘に関わったエジプト学者ウォルター・B・エメリーは、両端のセレクはジェル王のもので、中央の二つにはメルネイトの名があると主張しました。しかし、現存するのは白黒写真一枚で、元の栓も写真のガラス乾板も所在が分からず、画質のため文字の判読が難しい状態でした。
画像処理で名前の文字を再検討
研究チームは写真をスキャンしてコントラストを高め、ヒエログリフを背景から分離して色を反転させました。さらに、拡大しても輪郭が保たれるベクター形式に変換し、写真に写る印を詳しく調べました。研究チームによると、中央二つのセレクにある名前の部分は、メルネイトの名に使われる主要な文字と一致します。また、元の写真から作ったデジタル画像は、エメリーが写真を見て描いた図よりも印の形を明瞭に示したとしています。
セレクは王を表す印です。研究チームは、そこにメルネイトの名が記されていることを、彼女が王妃や摂政ではなく、王として統治した証拠と解釈しています。女性の統治者の名が王のセレクに記録された例としては、メルネイトは二人目に当たると研究チームは述べています。
生涯の中で変わった政治的な役割
研究チームは、メルネイトの政治的な立場を一つに固定せず、複数の記録を時期ごとに読み分けています。ジェル王の名と並ぶセレクは共同統治者としての役割を示し、後代の王の墓に残る印章は「王の母」としての立場を示すと解釈しています。また、別の碑文には行政上の役職や部門とともに名があり、財務や官吏に対する権限を持っていたとしています。
メルネイトの名は、後の王セメルケトの墓の印章にも残っています。研究チームは、これらの証拠から、彼女が何らかの立場で少なくとも30年間エジプトを統治したとする研究を紹介し、政治的な役割が生涯の中で変化した可能性を提案しています。今回の解析は、失われた遺物そのものではなく、現存する古写真に写った文字の読み直しに基づきます。








