
2002年に発覚した月試料盗難
2002年7月、NASAのジョンソン宇宙センターからアポロ計画の月試料などが盗まれ、捜査当局は試料を回収しました。しかし、盗難中に汚染され、科学研究にはほとんど使えない状態になりました。
NASA監察総監室(OIG)と連邦捜査局(FBI)は、月試料を売ろうとしていた人物を調べていました。捜査員は買い手の親族を装って交渉し、2002年7月20日にフロリダ州オーランドで売買の約束を取り付けました。
実際に試料を持ち出したのは、ジョンソン宇宙センターの実習生サーグ・ロバーツと仲間2人でした。3人はNASAのIDを使って施設に入り、科学者エバレット・ギブソンの研究室から重さ600ポンド(約272キログラム)の金庫を運び出しました。金庫にはアポロの各月面着陸で採取された月試料のほか、火星隕石とギブソンの研究ノートも入っていました。
回収後も残った汚染の問題
捜査員は売買の場でロバーツらを逮捕し、同日、別の共犯者もテキサス州ヒューストンで逮捕しました。ロバーツら4人は、窃盗の共謀と盗品の州間輸送の罪で訴追されました。NASA OIGによると、捜査の過程ですべての試料が回収されました。
一方、回収された試料はすでに汚染されており、NASA OIGは科学界にとってほぼ利用できない状態だったと説明しています。月の岩石や土壌では、地球由来の有機物・無機物による汚染を抑えることが、試料を調べる際の要件でした。盗難後の汚染は、試料そのものだけでなく、そこから得られる分析結果の扱いにも影響します。
NASAの研究者は、月試料に含まれるアミノ酸と、その起源や分布を調べています。ゴダード宇宙飛行センターの研究チームは、ホルムアルデヒドやシアン化水素などの揮発性有機化合物とアミノ酸を特定・定量し、月の有機化学を調べる計画を説明しました。地球由来物質の混入を避けるというアポロ時代の要件は、こうした試料中の成分分析にも関係します。
アポロ計画で設けられた隔離と保管
NASAは、月試料と乗組員を地球環境から隔離するため、アポロ計画の試料回収・管理手順を整えました。月試料の汚染を防ぐことと、月由来の物質が生物圏に持ち込まれる可能性に備えることが、物理科学・生物医学の両面で重視されました。月面からの帰還後、宇宙船や乗組員、試料を段階的に隔離し、ジョンソン宇宙センターの月試料受入研究所(LRL)へ運ぶ計画でした。
LRLは試料の隔離や生物学的評価に加え、時間の経過とともにデータが失われたり劣化したりする物理科学研究にも使われました。研究所では試料を準備し、詳しい分析を行う外部研究者に配布しました。そのため、保管と受け渡しの管理は、試料を長期にわたって研究に使う工程の一部でした。
アポロ計画の隔離は月からの帰還開始時に始まり、回収船上の移動式隔離施設(MQF)を経てLRLへ移す仕組みでした。MQFは6人を10日間収容でき、内部を外部より低い圧力に保ち、排気をろ過して隔離を維持しました。初期の試料容器はLRLの真空チャンバー内で開封されました。
低温保存試料が広げる分析
アポロ計画の試料管理は、採取後すぐに使い切ることを前提としていません。アポロ17号が1972年12月に持ち帰った月面試料の一部は、ジョンソン宇宙センターで冷凍保存され、2022年にゴダード宇宙飛行センターなどの研究者へ渡されました。NASAは、将来の月探査に備えて試料を調べる「アポロ次世代試料分析計画(ANGSA)」の一環として、この研究を進めました。
冷凍試料は窒素を満たしたグローブボックスで処理され、マイナス20度の冷凍室で分割されました。その後、ドライアイス入りの保冷容器で輸送され、ゴダード宇宙飛行センターで開封して冷凍庫に保管されました。NASAの研究者は、この低温処理の経験が、月の南極から氷の試料を持ち帰る可能性があるアルテミス計画にも役立つと述べています。
研究チームは、冷凍保存した試料と室温で保管した試料を比べ、有機物の含有量に違いがあるか調べています。また、希ガスの分析ではアルゴン、ヘリウム、ネオン、キセノンを使い、試料が月面で宇宙線にさらされた期間を推定します。









