
幼少期の逆境と「先の楽しみ」の関連
幼少期に逆境を経験した若年成人では、記憶や新奇性の処理に関わる海馬と報酬系の活動や結びつきが弱いほど、将来の楽しみを期待する力が低い傾向が見られました。この関連は、目の前の楽しみを感じる力よりも、楽しみを予期して行動する力に表れていました。
アンヘドニアは、喜びを感じにくい状態、または報酬につながる活動を求める意欲が低い状態です。楽しんでいる最中に喜びを感じにくい「消費的アンヘドニア」と、これから得られる喜びを期待しにくい「予期的アンヘドニア」に分けられます。
今回の研究では、幼少期の情緒的虐待や情緒的・身体的ネグレクトの経験と、脳回路の指標、喜びに関する自己評価との関連を調べました。結果は、幼少期の逆境と脳の特性が予期的アンヘドニアに結びつく可能性を示していますが、因果関係を確定するものではありません。
海馬の新奇性処理と報酬回路を測定
海馬は記憶の形成や想起に関わる脳領域で、新しい刺激への反応にも関与します。今回焦点となった前部海馬は、報酬や意欲を扱う側坐核と、中脳のドーパミン産生領域である腹側被蓋野につながっています。
参加者は18〜30歳で、平均年齢は約21歳でした。102人が脳機能画像検査を受け、安静時の脳活動を用いた解析には92人、課題中の脳活動を用いた解析には80人のデータを使いました。
安静時の撮像では、画面上の十字を見ている間の前部海馬と報酬系の活動の同期を測定しました。別の課題では、見慣れた風景と初めて見る風景を提示し、新しい画像に対する海馬の反応と、その後の標的検出時に腹側被蓋野が示す活動との関係を調べました。
予期的アンヘドニアに結びついた脳の指標
幼少期の逆境が強い参加者では、安静時の前部海馬と側坐核の結びつきが弱いほど、予期的アンヘドニアが強い傾向がありました。新しい風景を見たときの前部海馬の反応が鈍いことや、その反応と後の腹側被蓋野の活動との連動が弱いことも、予期的アンヘドニアの強さと関連していました。
一方、逆境の程度が低い参加者では、これらの脳指標と予期的な喜びとの間に統計的に有意な関係は見られませんでした。消費的アンヘドニアについては、調べた脳指標との有意な関連も、逆境との相互作用も認められませんでした。
複数の脳指標を組み合わせたモデルは、予期的アンヘドニアの得点のばらつきの24%を説明しました。予測変数の数を考慮した調整後の値は20%でした。逆境の程度も同時に評価したところ、海馬と側坐核の安静時の結びつき、および課題中の海馬から腹側被蓋野への信号に関わる相互作用は、独立した予測因子として残りました。
一般の若年成人を対象とした研究との接点
精神病リスクを調べる参加者群以外でも、幼少期の虐待やネグレクトとアンヘドニアとの関連が調べられています。2020年の研究には大学に通う若年成人462人が参加し、平均年齢は19.45歳でした。
参加者は、幼少期の虐待やネグレクト、予期的なポジティブ感情、否定的な気分、アンヘドニアに関する質問票に回答しました。気質と心理的苦痛に関する測定は、開始時に加え、6週間後と12週間後にも行われました。
この研究では、ネグレクトと抑うつや心的外傷後ストレスに関連するアンヘドニア症状との関係に、予期的なポジティブ感情の低さが独自に関わっていました。虐待と両方のアンヘドニア症状との関係には、否定的な気分が媒介していました。ただし、この結果は今回の脳画像研究とは別の参加者群と測定方法に基づいています。
撮像時間と因果関係の限界
安静時fMRIの撮像時間と機能的結合の信頼性を調べた2013年の研究では、3〜27分の撮像を比較しました。撮像時間を5分から13分に延ばすと、結合推定の信頼性と類似性が改善しました。
同じ検査内での信頼性向上は12〜16分ごろに頭打ちとなり、別の日に行う検査間の信頼性向上は9〜12分を超えると小さくなる傾向でした。今回の安静時撮像は5.8分で、この比較研究で信頼性の改善が示された5〜13分の範囲に含まれます。
今回の脳画像研究は一時点でデータを集めた横断研究であり、幼少期の逆境や海馬の変化がアンヘドニアを引き起こすとは結論づけられません。また、幼少期の経験は若年成人の回想に基づいており、対象となった逆境は情緒的虐待と情緒的・身体的ネグレクトでした。








