ケンブリッジ大学の研究者らによるシミュレーションは、彗星が地球に生命誕生前の有機分子を届けた可能性は低いと示しました。彗星は有機物を含みますが、地球への突入や衝突の際に分子が壊れ、地表に届きにくいと考えられています。
彗星の有機分子は地表に届きにくい
研究チームは、彗星が大気へ突入する速度や角度をモデル化しました。計算では、衝突は概して速く、角度も急で、繊細な有機分子は地表に達する前に蒸発する可能性が高いとされました。
注目した分子はシアン化水素(HCN)です。彗星に含まれることが多く、生命誕生前の化学反応に関わると考えられている物質です。シミュレーションでは、衝突後にHCNが残る場合も、その濃度が生命の化学反応を始めるのに役立つ水準となる可能性は非常に低いとされました。
地球に彗星が衝突する頻度は、地球史の最初の5億年間に急速に減少したとされています。研究チームの結果では、彗星による有機分子の供給は継続的なものではなく、成功しても例外的だった可能性があります。
HCNはアミノ酸の前駆物質
HCNは生命を構成する分子そのものではありませんが、アミノ酸の前駆物質になり得ます。月試料の抽出物に含まれるアミノ酸の形成にHCNが関わることや、月試料に似た条件で複数のアミノ酸が生成することが研究されています。
その実験で生成が示されたアミノ酸には、グリシン、アラニン、アスパラギン酸、グルタミン酸が含まれます。また、月試料から放出されるガスを模した混合気体に放電すると、HCNとアミノ酸が形成されることも調べられました。
こうした化学反応を踏まえ、彗星由来のHCNが生命誕生前の化学に関わる可能性が検討されています。一方、分子が地表に届くことと、地表でアミノ酸などが生成することは別の段階です。シミュレーションは、彗星由来の分子が地表に届きにくいことを示しました。
小惑星由来の物質は突入速度が低い
彗星と小惑星では、地球大気への突入速度に違いがあります。初期太陽系の物質供給を扱った研究報告では、彗星核から放出された微小天体の平均突入速度は秒速約50キロメートル、小惑星由来では秒速約20キロメートルとされています。
彗星由来の物質のうち、秒速約25キロメートル未満で突入する一部だけが、有機分子を保ったまま地表に届ける可能性を持つとされました。高速の彗星物質は蒸発によって有機分子が失われやすく、この影響は初期の火星では地球より小さかった可能性があります。
小惑星由来の隕石にはアミノ酸などの有機化合物を含むものがあり、比較的低速で地球や火星に到達する破片は、分子を保って地表へ運ぶ効率が高いとされています。このため、小惑星も初期の地球へ有機物を届ける候補です。小惑星が彗星より有機物を多く含む場合でも、地表への到達しやすさは突入速度によって異なります。
宇宙塵という別の供給経路
有機物の供給は、大きな天体の衝突だけでなく、微細な宇宙塵を通じても起こり得ます。宇宙塵は小惑星同士の衝突や彗星の崩壊から生じ、生命に必要なリン、硫黄、窒素、炭素を含みます。
大きな衝突体による供給が断続的であるのに対し、宇宙塵の地球への流入は年単位ではほぼ一定とされます。粒子の一部は比較的穏やかに大気を通過し、大きな衝突体よりも生命に関わる元素を多く保つ可能性があります。
初期の地球では、宇宙塵が乾燥地域、とりわけ氷河環境に局所的な堆積物を形成し、生命誕生前の化学反応に材料を供給した可能性が研究で示されました。











