
トルコ南部アドラサン沖の約2,100年前の沈没船から、陶器の皿や鉢など6,511点が引き揚げられ、アラニヤ博物館に移されました。積み荷には122種類の形や大きさの器が含まれ、古代の食卓用品の製造や輸送を知る手掛かりになります。

6,511点の器と122種類の形
アクデニズ大学の水中考古学研究センターは、アンタルヤ博物館とともにアドラサン沖で発掘を進めています。発掘は2025年に始まり、船の主な積み荷は皿や鉢、トレーなどの陶器です。

確認された器には、ナッツを盛る皿、スープ用の鉢、魚料理用の皿、さまざまな大きさのトレーがあります。形と大きさは計122種類に分けられています。
調査では、皿や鉢が岩場や砂地、海底下にまたがって見つかりました。研究者らは船の積み荷を東方シギラタAと呼ばれる陶器群に分類し、その時期をヘレニズム時代後期からローマ帝政初期としています。
ロスス産とされる陶器
積み荷の中心をなす器は、古代にロススと呼ばれた現在のアルスズ周辺で作られたと考えられています。ローマの政治家で弁論家でもあったキケロは、紀元前50年に友人アッティクスへ宛てた手紙で、ロススの器を注文したと記しています。
ロススの器と東方シギラタAの関係は、研究者が検討してきた論点です。東方シギラタAは、赤い光沢のある仕上げが特徴の細かな陶器群です。ロスス産の器がキケロの手紙に登場することも、産地と古代の記録を照らし合わせる手掛かりになります。
研究者らは、イスケンデルン湾周辺を東方シギラタAの生産地候補に挙げています。陶器の考古学的な分布や粘土の分析は、この地域に生産地があったという見方を支えています。ただし、キケロが手紙で述べた器を東方シギラタAと特定できるかについては、議論が続いています。
木箱と粘土が守った積み荷
陶器は木箱に詰められ、器の間には粘土が入れられていました。アクデニズ大学は、この梱包方法が沈没時の破損を防ぎ、器が長く保たれた要因の一つとみています。
船からは陶器のほかに、エーゲ海の島々で作られたと考えられるアンフォラも見つかりました。アンフォラは古代に液体や食料などの運搬に使われた容器です。積み荷にはアンティオキア由来の紀元前1世紀の硬貨もあり、船の年代を考える手掛かりになっています。
木箱や粘土による梱包の痕跡と、まとまった数の器が同じ沈没船で見つかったことは、輸送時の荷姿を検討する材料になります。器の形や種類の幅から、当時運ばれていた食卓用品の構成も分かります。
東地中海からイタリアへ続く交易
硬貨やアンフォラなどの出土品を踏まえ、アクデニズ大学は、船が紀元前1世紀半ばごろ、アンティオキア、エーゲ海、ギリシャ、イタリア沿岸を結ぶ交易網で動いていたとみています。ロスス周辺を出発した船がローマへ向かっていた可能性も指摘されていますが、航路や目的地は推定です。
エーゲ海の島々に由来すると考えられるアンフォラは、船が一つの生産地の品だけを運んでいたわけではないことを示しています。アンティオキアの硬貨も、陶器とともに地域間の移動を考える手掛かりです。研究者らは、東地中海の港とイタリア沿岸が一つの商流に位置づけられると説明しています。
船は嵐の際に浅瀬へ衝突して沈んだと推定されています。2025年に始まった発掘は、水中ロボットの支援を受けながら続いています。引き揚げられた陶器や残る遺物の調査では、ロスス周辺の器が地中海をどのように移動したかを検討しています。











