
墓地の人骨が教会跡の確認につながる
グリーンランド南部のナールサルスアーク近郊で、ノース人が建てたとみられる教会跡が確認されました。発掘で人骨が見つかり、墓地の存在が確認されました。
遺跡では、中央に石造建物を置いた長方形の石壁が2000年代の調査で見つかっていました。教会に典型的な配置でしたが、墓地が見つかるまでは用途を確定できず、2025年の調査でも人が暮らした痕跡とみられる炭や骨片が見つかるにとどまりました。
研究者らは2026年8月、腕を体の脇に置き、頭を東に向けた人骨を発掘しました。キリスト教徒の埋葬に見られる向きで、墓地の確認が教会跡の特定につながりました。
建設時期と遺跡の位置
遺跡は、南グリーンランドの現代の町ナールサルスアーク近くにあります。ノース人入植地の中心だったブレッタフリーズからは約3マイル離れ、同地は探検家エイリーク赤毛の邸宅があった場所です。
教会は切り出した石を多く使った大きな建物で、研究者らは建設時期を1100~1300年ごろと推定しています。人骨の埋葬のされ方は中世初期を示す可能性があり、建物の規模や石材からの推定と合わせて、当時のキリスト教化が進む時期に位置づけられています。
エイリーク赤毛の拠点周辺では、この遺跡を含めて6つの教会跡が見つかっており、そのうち3つは中世まで使われていたとされています。近くには農場跡も2、3カ所あり、教会を中心とする集落の始まりを示す可能性があります。
教会が担った権威と地域社会
ノース人社会は階層的で、資源の支配や宗教上の地位が社会的な位置づけに関わっていました。教会を持つ農場は地域の中心地だったと考えられ、教会を所有する農民と他の農民との間には、親族関係や宗教的・経済的な依存関係があったとされています。
教会は個人所有だったとみられ、教会を持つ有力農民は地域の宗教的な権威を担ったと考えられています。新たに確認された遺跡の周辺で複数の教会が見つかっていることから、研究者のクリスチャン・エデルフェルト・コッホ・マドセン氏は、教会の建設を通じて権力や地位を示そうとする競争があった可能性を述べています。
教会の所有には収入も伴ったとみられます。ブレッタフリーズ周辺の教会は裕福な農民や地主が建てた可能性があります。
入植地の消滅をめぐる説
ノース人は985年ごろ、エイリーク赤毛に率いられてグリーンランドに入植し、15世紀ごろまで暮らしました。入植地の消滅には、気候の寒冷化、資源の利用、交易の変化など複数の要因が関わったとする見方があります。
ケンブリッジ大学などの研究者は、ヨーロッパで象牙の流通が増えてセイウチ牙の価値が下がる一方、ノース人が交易を維持するために狩猟を増やした可能性を指摘しています。欧州各地の遺物67点を調べた研究では、13世紀ごろから、より北方に生息する系統のセイウチが見られ、後期の標本には小型の個体や雌が多く含まれていました。
同研究は、セイウチの個体数や牙の価格の低下が入植地の持続力を弱めた可能性を示しています。気候変動や持続しにくい農業、黒死病も、これまで消滅の要因として挙げられてきました。
一方、従来は寒冷化の中でも家畜飼育や農業に固執し、土地や木材などの資源を損なったという説明が広く論じられてきました。近年の発掘や食生活の分析からは、ノース人が交易や海産資源にも大きく依存し、環境に適応しながらも、労働力不足や航海上の事故、社会不安に弱かったという見方も示されています。
発掘資料の分析と次の調査
研究者らは、教会の位置や周辺の集落構造が、当時の社会や権力関係についての理解を深める可能性があると述べています。
調査チームは、今回の発掘で見つかった遺物を分析する予定です。追加資金を確保できれば再訪し、教会が建てられた時期をさらに絞り込む計画です。
中世の記録には「晴れた山の下の教会」にあたる地名が記されており、新たな遺跡の位置はその記述とよく合います。研究者らは、記録に登場しながら未発見のほかの教会を探す調査にもつながると見ています。











