
光の通り方で緑と赤に変わる杯
4世紀に作られたローマ時代の「リュクルゴスの杯」は、反射光では翡翠色、透過光ではルビー色に見えるガラス製品です。シェフィールド大学の技術者らは、破片を基にした配合でこの性質を再現し、現代のガラスとしてまとまった量を作りました。
この色の変化は、見る角度によって色が異なる「ダイクロイックガラス」の性質によるものです。杯は、網目状の装飾を持つローマ時代のガラス器「ケージカップ」の一つです。同時代の品は40点だけが現存するとされ、二色の視覚効果を示すものはリュクルゴスの杯だけです。
杯には、トラキアの王リュクルゴスが蔓に絡め取られる神話の場面が表現されています。ガラスの色と意匠をあわせ持つこの作品を手がかりに、研究者やガラス職人は長年、古代の色変化を再現する方法を探ってきました。
金と銀のナノ粒子が色を生む
ガラスの中には、金と銀を含む極めて小さな粒子があります。ナノ粒子は光の波長より小さく、リュクルゴスの杯では金と銀の合金が色の変化に関わります。
金属ナノ粒子は、局在表面プラズモン共鳴と呼ばれる現象を起こします。光によって粒子表面近くの電子が集団的に振動する現象で、光の吸収や散乱のされ方は粒子の形、大きさ、素材、周囲の環境によって変わります。
金の球形粒子は赤、銀の球形粒子は黄色に見える例があり、粒子の条件によって色は異なります。杯のガラスでは、表面で反射した光が粒子に散乱され、鉄分の影響も加わって緑に見えます。光がガラスを通ると、粒子が特定の波長を吸収します。再現したガラスでは青と緑の光が抑えられ、赤やオレンジの光が通ります。
再現を難しくしたガラス作り
過去の分析では、杯のガラス片から金と銀を含む層状のナノ粒子が見つかっていました。粒子は直径50〜80ナノメートルほどで、銀の芯を金が覆い、銅も含むとされています。ただし、破片の分析結果に近いガラスを繰り返し作れる配合は確立していませんでした。
シェフィールド大学のリサ・ホランズ氏らは、古代ローマの職人が使えた原料を手がかりに、ガラスの種類や炉、酸素量などを変えて実験しました。電気炉よりガス炉で溶かした方がよい結果が得られ、糖を加える試みも行いました。
完成したガラスは、複雑な加熱処理で結晶を育てなくても、冷却後の焼きなましによって粒子が形成されます。チームはまず大学の催しで試作品を展示し、その後、同じ配合のガラスを使った現代の彫刻を制作しました。
11月に公開、大学の博物館へ
彫刻を手掛けたのは、ガラス作家のエリオット・ウォーカー氏です。作品はリュクルゴスの物語とファルネーゼのアトラス像を組み合わせ、球体の代わりに杯を持たせる構成になっています。
作品は2026年11月6日から15日まで、シェフィールド大学のFestival of the Mindの一環としてミレニアム・ギャラリーで公開されます。その後は同大学のターナー・ガラス博物館に常設展示され、照明による色の変化を見せる予定です。
今回再現したガラスの主な用途は装飾です。研究チームは、ガラス中の結晶ができる条件について得た知見を、光を扱う材料や放射性廃棄物をガラスに閉じ込める研究にも生かすとしています。シェフィールド大学では、廃棄物を安全に固定するガラスの研究が進んでいます。












