
チリ北部のアタカマ砂漠で、約880万年前のカピバラの仲間「カルディアテリウム」の歯が見つかりました。半水生の動物が暮らしていたことに加え、植物や地質の証拠も、後期中新世のこの地域に淡水と水辺の生態系があったことを示しています。この発見は、現在のアタカマ砂漠が長期間にわたって一貫して超乾燥だったという見方に疑問を投げかけています。
海成層から見つかった約880万年前の歯
研究チームが報告したのは、チリで確認された最古のカピバラの記録です。標本は左の第3大臼歯の一部で、カルディアテリウム属に分類されました。
歯が見つかったのは、浅い海の環境で堆積した地層です。研究チームによると、この地層は約1,000万〜700万年前に形成されました。
現在のカピバラは水辺に依存する半水生の草食動物です。アンデス山脈の東側にある湿地などに生息する動物の歯が、現在は極度に乾燥した太平洋岸で見つかったことは、当時の環境が今とは異なっていたことを示す手掛かりになります。
植物と地質の証拠も水辺を示す
歯以外の証拠の一つは、土壌炭酸塩の安定同位体です。研究チームは、そこからC3植物が優勢だったと読み取りました。C3植物は植物の光合成経路による分類で、今回の分析結果は当時の植生を示す証拠になっています。
植物の細胞や組織にできる微小なシリカの沈着物「植物珪酸体」からは、ヤシ類や双子葉植物が確認されました。アリゾナ大学は、現在の砂漠には生育しないヤシ類などの植物の痕跡が見つかったと発表しています。
研究チームは、同位体データと植物珪酸体、カピバラの歯を合わせ、後期中新世の南部アタカマには淡水環境と河畔の生態系が持続していたと結論づけました。アリゾナ大学によると、同じ地層では淡水魚や淡水性のワニ類の化石も見つかっています。
生息地をつないだ経路は二つの仮説
カピバラの仲間がこの地域にたどり着く経路について、研究チームは二つの可能性を挙げています。一つはアンデス山脈を横断する水辺の回廊、もう一つはアマゾン盆地から西向きに流れる水系を通って太平洋岸へ至る北方の経路です。
どちらの経路も、内陸の湿地と太平洋岸の水辺が生態学的につながっていたことを前提とします。研究チームは、このつながりが大陸規模の水循環と水辺環境の広がりを示すと論じています。
アリゾナ大学は、カピバラの仲間が南米北部の沿岸域をたどり、コロンビア、エクアドル、ペルーを経てチリへ移動したというシナリオを示しています。このシナリオは論文が挙げる北方経路にあたりますが、移動経路は確定しておらず、研究チームの仮説です。
長期に続いた超乾燥という見方に再検討
アタカマ砂漠は現在、極度に乾燥した地域として知られています。研究チームは、カピバラの記録と植物の証拠が、後期中新世にも超乾燥状態が続いていたという見方に疑問を投げかけるとしています。
今回の化石が示すのは、少なくとも歯が見つかった南部の地域に、カピバラを支えられる水辺環境があったことです。研究チームは、広がった河畔のネットワークと植生が、大型の半水生草食動物を養える環境を形成していたと解釈しています。
アリゾナ大学の研究者は、過去の自然な気候変化を調べることが、砂漠の長期的な変化を理解する基準になると述べています。








