
意識の根本にある「感じる主体」は大脳皮質ではなく脳幹で生じるという理論が、神経科学の論文で提案されました。痛みや麻酔、脳損傷の知見を根拠にした仮説で、意識の主要理論を検証した2025年の研究とも関係します。
意識の内容と「感じていること」を分ける
意識には、目の前の景色や音、記憶など、その瞬間に気づいている内容と、それらを経験する主体としての感覚があります。論文の著者らは前者を「アクセス意識」、後者を「現象意識」と区別し、後者を「内側にいる自分」と表現しています。
脳幹は脳の底部にある、脳と脊髄をつなぐ構造です。大脳皮質は脳の表面を覆う領域で、複雑な思考や言語に関わります。従来の主要な理論は意識を大脳皮質の働きに結び付け、脳幹は皮質を働かせる役割を担うとみなしてきました。
今回の理論では、脳幹の神経回路が「感じている主体」を生み、皮質で処理された情報の一部を意識に上らせると考えます。Devor氏とBaron氏は、皮質の働きが必要な視覚や聴覚も、進化の過程で脳幹にある仕組みと結び付いたと提案しています。
痛みと脳損傷を根拠にした仮説
著者らが重視するのは痛みです。覚醒下手術で大脳皮質を電気刺激すると、光や音、しびれに似た感覚が生じることがありますが、痛みが再現されることはまれです。皮質の広い損傷も、特定の感覚や能力を損なう一方で、意識そのものや痛みを失わせない例があります。
一方、脳幹上部の小さな損傷は昏睡につながることがあり、特定の脳幹部位への麻酔薬の注入も、動物の痛みへの反応などを止めました。2001年のラット実験では、182匹を対象に828回の微量注入が行われ、特定の小さな領域への注入で反応が消えました。
ただし、麻酔薬を注入した場所そのものが、意識を生み出す場所だとは限りません。より広い範囲を薬剤で損傷した実験では、狙った位置に注入されたラット6匹が不可逆的な昏睡に陥り、近くの別の位置に注入された6匹は手術後に目覚めました。著者らはこれらの結果から、意識に関わる回路が中脳橋被蓋の約3×4ミリの領域にある可能性を提案しています。
皮質中心の理論を検証した研究
2025年の敵対的共同研究は、統合情報理論(IIT)とグローバル・ニューロナル・ワークスペース理論(GNWT)の予測を、機能的MRI、脳磁図、頭蓋内脳波で検証しました。IITは後方の皮質領域、GNWTは前頭前皮質を重視するなど、両理論は意識に関わる脳活動の場所や時間的な変化について異なる予測を立てています。
実験では、視覚、腹側側頭、下前頭皮質で意識の内容に関する情報が見つかりました。刺激の長さに応じた持続的な活動は後頭葉や側頭葉の外側で確認されましたが、後方皮質内の持続的な同期は見られず、IITの予測の一部と合いませんでした。
GNWTについても、刺激の終了時に予測されていた活動の「点火」が全般に見られず、意識の一部の側面が前頭前皮質に限られて表現されていました。これらの結果は両理論の重要な予測に課題を突き付けましたが、脳幹に意識があることを直接示した実験ではありません。
痛みの伝達経路と理論の限界
痛みの信号を運ぶ神経経路は、脊髄から橋にある外側傍腕核へ伸びています。Natureに掲載された研究では、TACR1とGPR83という受容体を持つ二種類の神経細胞が、それぞれ異なる経路を形成し、温度、触覚、皮膚への有害な刺激に関する信号を伝えることが示されました。
この研究では、GPR83を持つ神経細胞が皮膚への機械刺激に強く反応し、その活動に伴う価値が刺激の強さによって肯定的にも否定的にもなり得ることも報告されています。神経細胞の末端を強く刺激すると、異なる逃避行動や自律神経反応が起きました。
脳幹に痛みの信号が届く仕組みは、脳幹説が注目する痛みの処理と関連します。ただし、脳幹の損傷や麻酔で昏睡が起きることだけでは、主観的な経験が脳幹で生まれるとは証明できません。理論の根拠には動物の行動から意識を推測する難しさもあり、著者らは脳幹の神経細胞が情報を伝える仕組みを直接検証する実験を課題に挙げています。










