
東北大学の研究グループは、マウスの運動学習の訓練後に迷走神経を電気刺激すると、数日後の学習成績が高まることを示しました。訓練中の成績がすぐに改善するのではなく、時間を置いて学習成績が向上しました。また、刺激によって生じた脳内の血液量の周期的な変動が大きい個体ほど、5日目の学習成績が高い傾向がありました。
訓練中ではなく、翌日以降の成績が向上
迷走神経は、内臓の状態を脳に伝えるとともに、脳から内臓へ指令を送る神経です。これを電気で刺激する方法は、迷走神経刺激(VNS)と呼ばれます。東北大学の研究グループは、マウスの左側の首にある迷走神経を包む小型のカフ電極を用いて、訓練後の刺激が運動学習に及ぼす影響を調べました。
実験に用いたのは、水平視機性眼球運動(HOKR)の学習です。動く縦縞模様を目で追う反応を繰り返し訓練し、眼球運動が模様の動きにどれだけ追随するようになるかを評価する、小脳が関わる運動学習の課題です。
VNSは学習課題の最中ではなく、各訓練の後に行いました。刺激を受けたマウスでは、訓練当日の成績に大きな変化は見られませんでしたが、その後に測った長期的な学習成績が高まりました。この結果は、練習後に学習内容を持続的な記憶として定着させる過程に、VNSが作用する可能性を示しています。
研究成果は、科学誌「iScience」に2026年8月25日付で掲載されました。
血液量は一度減ってから増え、反復刺激で周期的に変動
研究グループは、学習成績の変化に伴う脳内の反応を調べるため、小脳の「片葉」という、HOKR学習に関わる領域の近くで血液量の変動を測りました。光ファイバーを通じて光の信号を測定するファイバーフォトメトリーを用いた測定では、VNSを1回行った後、局所の血液量が一時的に減少し、その後に増加する二段階の反応が捉えられました。
測定では、脳組織にもともとある分子が発する「自家蛍光」を利用しました。血液中のヘモグロビンが光を吸収するため、血液量が増えると検出される自家蛍光が減り、血液量が減ると自家蛍光が増えます。研究グループは血液中の赤色蛍光による測定も用いて、自家蛍光の増減を血液量の増減と逆向きに解釈すれば、血液量の指標として使えることを確かめました。
訓練後にVNSを20分間反復すると、小脳片葉周辺の血液量に周期的な変動が生じました。この変動は刺激を行わなかった群より大きく、訓練後20分間の血管リズムの大きさと、5日目の学習成績との間には強い正の相関がありました。ただし、血管リズムが学習成績の向上を直接引き起こしたかどうかは、今後の検証課題です。
血管の動きと、学習を支えるエネルギー供給
脳の神経と血管が連携する仕組みは「神経血管連関」と呼ばれ、脳が活動すると、その部位の血流が増加します。血流には絶えず変動があり、ゆっくりした長周期の変動は脳の活動状態を反映すると考えられています。今回観察された血管リズムも、神経の働きと血液の流れの関係から検討されます。
東北大学の研究グループは、血管のゆっくりした収縮・拡張が、局所の血液量や血流を変え、脳への酸素やグルコース(ブドウ糖)の供給を調節する可能性を挙げています。長期的な記憶の形成には、神経細胞同士が情報を伝える接合部であるシナプスの構造の組み替えや、タンパク質の合成を伴う場合があり、これらの過程には代謝エネルギーが必要です。
こうした関係を踏まえ、研究グループは、VNSによる血管リズムがエネルギー源の供給や、神経細胞を支えるグリア細胞の一種であるアストロサイトの代謝支援を通じて、記憶の定着に適した脳内環境に関わる可能性を示しています。これは今回の結果に基づく仮説です。
睡眠の研究でも、練習直後と時間経過後を区別
練習直後の技能の向上と、時間を置いた後の定着を分けて調べる考え方は、人の運動学習研究でも用いられています。2023年に「npj Science of Learning」に掲載された研究では、健康な成人36人を午前10時、午後3時、午後8時に訓練する群に分け、利き手ではない手でキーボードを順番に押す課題を実施しました。
訓練直後の技能の向上には、時刻による差は見られませんでした。一方、24時間後には夜の訓練群で成績が向上し、朝の群では低下、午後の群では維持されました。追加の対照実験も、夜間の睡眠が夜の訓練群の技能の定着に寄与するという解釈を支持しました。
この研究と今回のVNS実験は、対象や課題、介入が異なりますが、練習中の変化だけでなく、練習後に時間をかけて生じる成績の変化を評価している点が共通しています。
血管の直接操作と代謝の測定で仕組みを検証へ
東北大学の研究グループは今後、光を使う手法や薬理学的な手法で血管を直接操作し、学習成績が変わるかを調べ、血管運動と記憶定着の因果関係を検証する方針です。また、代謝センサーを用いて、VNS後の血管、アストロサイト、神経細胞のエネルギー状態を測定することも研究課題に挙げています。
VNSは難治性てんかんなどの治療にすでに使われています。研究グループは、血管や代謝を含む脳内環境の理解が、学習、リハビリテーション、神経疾患治療における刺激条件の最適化の基礎となる可能性を示しています。










