
シロシビンで観察された神経接続の変化
シロシビンを投与したマウスでは、脳細胞の接続部である樹状突起スパインの形成と成熟が進み、幻覚様反応とは別の仕組みで神経回路が変化しました。この結果は、幻覚作用を伴わずに神経可塑性を促す治療薬の研究につながる可能性があります。実験はマウスで行われました。
樹状突起スパインは、神経細胞どうしが情報をやりとりするシナプスを作る突起です。研究チームは生きたマウスの脳を二光子顕微鏡で観察し、個々のスパインの変化を追跡しました。
投与から24時間以内に新しいスパインの形成が増え、形成された接続の成熟も速まりました。一方、シロシビンは既存の接続の除去も促しました。観察された変化は接続数を一律に増やすものではなく、新旧の接続を組み替える過程を含みます。
慢性ストレスの有無で異なる反応
慢性的なストレスを与えたマウスでは、新しいスパインの形成がより大きく増え、既存の接続が失われることも抑えられました。このストレスモデルは、人のうつ状態を模したものとして用いられました。
健康なマウスでは、新しいスパインの形成に加えて、古いスパインの除去も速まりました。慢性ストレスを受けたマウスとは異なり、シロシビンによる回路の変化は脳の状態によって異なりました。
この結果は、シロシビンの作用を「神経接続を増やす」とだけ捉えられないことを示しています。ストレスで乱れた回路をどう変えるかは、精神疾患治療に向けた今後の研究課題です。
5-HT2A受容体と二つの反応
研究チームは、セロトニン2A受容体(5-HT2A受容体)に着目しました。この受容体は細胞表面にあり、シロシビンが作用する受容体の一つです。実験では、脳の皮質にある第5層の錐体ニューロンで、受容体の働きを操作しました。
同ニューロンで5-HT2A受容体を働かせると、シロシビンによるシナプスの形成と構造変化が起きました。受容体をこの細胞群に限って戻したマウスでは、スパインの形成と安定化が回復しましたが、幻覚のげっ歯類モデルとされる頭部の反復運動は現れませんでした。
一方、第5層の錐体ニューロンから受容体を取り除くと、シロシビンによる構造変化は起きなくなりましたが、頭部の反復運動は残りました。この結果から、同ニューロンの5-HT2A受容体は神経可塑性に必要かつ十分である一方、頭部反応には必要でないことが示されました。ただし、頭部の反復運動はげっ歯類で幻覚様作用を推定する指標であり、人の主観的な体験そのものではありません。
治療研究への意味と現在の限界
今回の実験では、神経回路の構造変化と幻覚様反応が異なる細胞経路で生じうることが示されました。この知見は、神経可塑性に関わる作用を残しながら幻覚作用を抑える薬の設計に役立つ可能性があります。
研究対象はマウスで、人のうつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)に対する治療効果を確かめる臨床試験ではありません。マウスで確認された細胞や行動の変化が、人の症状や治療効果にどう結びつくかは今後の研究課題です。
次の研究課題として、幻覚様反応に関わる細胞の特定や、スパイン形成と動物の気分変化との関係を調べることが挙げられています。こうした研究では、回路の構造変化が気分や精神疾患の症状に及ぼす影響を明らかにすることを目指しています。










