Neon damsel (Pomacentrus coelestis) (26496046308)
写真: Rickard Zerpe / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons

18地点の魚を遺伝子発現で比較

沖縄本島の沿岸18地点でルリスズメダイを調べた研究では、都市化した場所の魚に、餌を十分に得ている状態と慢性的な生理的ストレスの両方に関連する遺伝子発現が見られました。魚が多く生息していても、外見だけでは個体の健康状態が分からない可能性があります。

研究チームは、都市化の程度が異なる地点で稚魚と成魚を採取し、稚魚は全身、成魚は肝臓の遺伝子発現を解析しました。対象はルリスズメダイ(Chrysiptera cyanea)です。都市化の勾配に沿って調べ、地点ごとの違いを水温や塩分などの環境要因とあわせて検討しました。

従来の調査で使われる一部の汚染指標遺伝子では、都市化との関連を明瞭に捉えられませんでした。これらの遺伝子の発現が水温や栄養状態とも関係していたためです。研究チームは遺伝子を個別に見るだけでなく、ゲノム全体の発現パターンを解析し、人間活動に関連する特徴を抽出しました。

都市化沿岸で見られた栄養とストレスの併存

都市化との関連が認められた遺伝子は、稚魚で425個、成魚の肝臓で585個でした。これらには炎症や免疫応答に関わる遺伝子が含まれ、都市化した場所の魚では、その活動が高い傾向にありました。

研究チームは、野外の魚の発現パターンを餌の量を変えて飼育した魚と比較しました。都市化した場所の成魚は、実験で十分に餌を与えた魚に似た発現パターンを示しました。一方、炎症や免疫応答の高まりも見られ、良好な栄養状態と生理的負担が同時に認められました。

研究チームは、都市化沿岸では有機物が増え、魚が利用しやすい餌が豊富になっている可能性を挙げています。餌の質や個々の魚が何を食べたかを直接特定した結論ではありません。論文の著者らは、食べ物を得やすい一方で健康への負担もある状態を「ジャンクフード効果」と表現しています。

遺伝子発現が捉える個体の状態

水質測定では水中の化学的・物理的な状態を調べ、生物種の調査では生物群集の構成や水域の生態的な状態を捉えます。米環境保護庁(EPA)は、生物群集が複数のストレス要因の影響をまとめて反映し、環境変動の影響を時間を通じて捉えられると説明しています。

生物群集の変化だけでは、影響を与えた原因物質や発生源を特定しにくい場合があります。EPAは、原因や対策の検討には化学的な分析や毒性試験なども必要だとし、生物調査と化学的な調査を組み合わせる考え方を示しています。今回の研究では、遺伝子発現の解析によって、魚の体内で起きている栄養代謝や免疫・炎症応答の変化を捉えました。

遺伝子発現の変化は、環境中の物質濃度や生物群集の数だけでは直接分からない個体の反応を示します。論文の著者らは、こうした分子レベルの変化が病気や個体の適応度低下などに先行する可能性を、環境変化を捉える手掛かりとして説明しています。今回の沖縄の調査結果から、すべての沿岸生物や環境に同じ関係があるとは言えません。

分子調査を環境モニタリングに生かす条件

欧州連合(EU)の水枠組み指令をめぐる調査では、環境DNAのメタバーコーディングなど、DNAを使う手法が従来の生物調査を補う方法として検討されています。26カ国と17の関係団体から得た回答では、研究や試験的なモニタリングで利用が広がる一方、実務への導入は限られていました。

この調査で扱う環境DNA解析は、水中に残されたDNAなどから生物種を調べる手法です。ルリスズメダイ研究の遺伝子発現解析では、採取した魚の体内でどの遺伝子が働いているかを調べており、同じ「分子を使う調査」でも測定対象が異なります。魚や無脊椎動物の把握に使われる環境DNAと、個体の生理的反応を調べる遺伝子発現は、それぞれ異なる問いに答える手段です。

EU調査の回答者は、環境DNAなどの手法が生態状態の評価を改善する可能性を認める一方、参照データベースの不足、個体数や生物量を定量しにくい点、解析上の課題、費用、制度面の不確実性を導入の障壁に挙げました。回答者は、従来手法を置き換えるのではなく補完する方向を支持し、標準化や品質保証などを今後の課題としました。沖縄の研究では、水質や種数の調査に遺伝子発現を組み合わせ、沿岸の変化が魚の体に及ぼす影響を調べる方法を示しています。