
CRISPRは医療と環境研究に広がる
CRISPRは、狙った遺伝子を編集する技術です。開発に携わったジェニファー・ダウドナ氏は、2012年の共同発明後、この技術が病気の治療や議論を呼ぶ問題に加え、健康や気候の課題にも使われるようになったと振り返っています。
応用の一つが、患者自身の細胞を編集して体に戻す遺伝子治療です。米食品医薬品局(FDA)は、鎌状赤血球症の患者を対象とするCASGEVYを2023年12月に承認しました。
FDAの審査資料は、CASGEVYの輸血依存型βサラセミアへの適応も扱っています。
CASGEVYが編集する遺伝子と治療の流れ
CASGEVYは、患者から採取した造血幹・前駆細胞をCRISPR/Cas9で編集する治療です。編集の標的は、赤血球系細胞で働くBCL11A遺伝子の調節領域で、ガイドRNAを使って転写因子が結合する部分を破壊します。
治療では、採取した細胞を体外で編集し、患者が骨髄破壊的前処置を受けた後に点滴で戻します。編集した細胞が骨髄に定着し、血液細胞へ分化する過程を通じて治療効果を狙います。
FDA資料が説明するβサラセミアの仕組みでは、編集後の細胞からできる赤血球で胎児ヘモグロビンの発現が増えます。臨床試験では、投与後24カ月の追跡期間中に、少なくとも12カ月連続で輸血なしの状態を維持することが主要な有効性評価項目でした。
治療効果の評価と長期安全性
FDAの承認勧告の根拠となった有効性評価では、52人の治療対象者のうち35人が主要評価の資料となりました。52人全員が安全性評価の対象です。
CRISPR/Cas9による編集では、狙った場所以外に意図しない編集が起きる可能性があります。FDA審査チームは、CASGEVYの承認にあたり、標的外編集のリスクと長期安全性、悪性腫瘍のリスクを調べる市販後調査を求めました。
牛の腸内微生物を対象にしたメタン削減
CRISPRの研究対象は人の細胞に限られません。カリフォルニア大学デービス校、バークレー校、サンフランシスコ校の研究者は、牛の腸内微生物を編集し、メタン排出を減らすことを目指す7,000万ドルの共同研究に参加しています。
牛のげっぷに含まれるメタンは、腸内でガスを作る微生物から生じます。研究チームは、微生物が生息する場所で直接編集するためのツールを開発しており、微生物を分離せずに編集する手法はまだ実現していません。
研究者らが想定するのは、子牛に経口処置を施し、腸内微生物に働きかけて生涯のメタン排出を減らす方法です。これは現時点では仮説で、ツールの開発後、研究室で検証し、動物を対象とする研究へ進める計画です。
既存の飼料対策と研究の段階
メタン削減には、すでに飼料添加物を使う研究があります。エルミアス・ケブレアブ氏は、海藻を飼料に加える研究で牛のメタン排出を最大82%減らしたと、2021年のTED講演で紹介しました。
今回の共同研究は、飼料に添加物を加える方法とは異なり、腸内微生物そのものへの遺伝子編集を目指します。研究チームは、微生物編集のツールと生物封じ込め策を検証してから、動物への応用を進める段階です。
ケブレアブ氏は、将来の処置を利用しやすく低コストにすることを目標として挙げています。子牛への経口処置はまだ実用化されておらず、研究室での検証と現場への応用が今後の課題です。










