脳は一つの器官として働きますが、発生初期には前方と後方が別々の細胞集団から作られることを示す研究が発表されました。マウス胚とヒト幹細胞を使った実験では、前脳・中脳と後脳の細胞が異なる発生経路をたどり、後脳の運動ニューロンを培養下で作ることにも成功しました。
前脳・中脳と後脳に分かれる細胞集団
脳は大きく前脳、中脳、後脳に分けられます。前脳は言語や計画などの認知機能に関わり、中脳は感覚情報や運動の伝達に関わります。後脳には脳幹の下部などが含まれ、呼吸や睡眠、心拍といった機能の調整を担います。
研究チームは、胚の細胞が器官を作る構造へ組織化され始める「原腸形成」の段階に着目しました。マウス胚の系譜追跡では、前脳・中脳につながる前方神経外胚葉と、後脳につながる後方神経外胚葉という二つの前駆細胞集団が並行して現れました。
前方の集団では遺伝子Otx2、後方の集団ではGbx2が発現し、発生が進んでも両集団は混ざらず、それぞれ異なる神経組織へ分化しました。DNAを包むクロマチンの状態にも違いがあり、細胞が進む発生経路の違いを裏付けています。
共通の出発点とする従来モデルとの違い
従来のモデルでは、脳全体が初期の共通前駆細胞から生じ、そこから各領域へ分化すると考えられていました。今回の研究は、少なくとも前脳・中脳と後脳について、初期から別々の前駆細胞がそれぞれの領域を作るという見方を示しています。
この違いは、最終的な脳の領域だけでなく、その領域を作る細胞の出発点に注目したものです。研究では、ヒト多能性幹細胞から作った前方型・後方型の神経外胚葉様細胞も、それぞれ前脳・中脳型と後脳型の運命に分かれ、異なるクロマチン状態を持つことが確認されました。
二つの神経系が進化の過程で近づいたという説明は、研究者が提示した仮説です。
後脳ニューロンを培養して病気を調べる
後脳には、顔や嚥下に関わる筋肉を動かす運動ニューロンがあります。これらの細胞を実験室で作ることは難しく、脊髄性筋萎縮症(SMA)や筋萎縮性側索硬化症(ALS)など、運動ニューロンが損なわれる病気の研究上の課題となっていました。
研究チームは発生経路の知見を使い、ヒト多能性幹細胞から機能する後脳運動ニューロンを作りました。得られた細胞は、顔や嚥下の筋肉を制御する後脳領域に特徴的なたんぱく質を作り、電気活動も示しました。
患者の生きた脳幹から運動ニューロンを採取して観察することはできません。培養した細胞は、SMAやALSで後脳のニューロンに何が起きるかを調べるモデルになります。
多様な動物に見つかった二つの発生経路
研究チームは、二つの細胞集団が人間だけに見られる特徴かを調べるため、他の動物のデータも分析しました。ニワトリやゼブラフィッシュ、マカクでも、Otx2とGbx2を発現する異なる細胞集団が見つかりました。
脊椎動物とは約5億5,000万年前に進化の系統が分かれたとされるギボシムシでも、同様の二つの集団が確認されました。研究チームは、この結果をもとに、前方型と後方型の発生経路が長い進化の時間を通じて保たれてきた可能性を論文で提示しています。
スタンフォード大学のカイル・ロー氏は、二つの神経系が進化の過程で空間的に近づき、一つの器官のような脳になった可能性を述べています。研究チームは今後、脊髄の発生の起源や、SMAとALSが後脳ニューロンの機能を損なう仕組みを調べる考えです。









